6. レイヤ2 (Layer 2)
この章では、NR のレイヤ2(データリンク層)について解説します。レイヤ2は、SDAP , PDCP , RLC , MAC の4つのサブレイヤで構成されます。
6.1 概要 (Overview)
レイヤ2は、物理レイヤ(L1 )とネットワーク層(L3 , RRC )の間に位置し、主に以下の役割を担います。
上位レイヤからのデータ(SDU : Service Data
Unit)を物理レイヤで送信可能な形式(TB : Transport
Block)に処理する。
物理レイヤからのデータを受信し、上位レイヤへ渡す。
QoS フローと無線ベアラのマッピング (SDAP )。
ヘッダ圧縮、暗号化、インテグリティ保護、順序配信、重複削除 (PDCP )。
分割/再結合、ARQ による誤り訂正 (RLC )。
スケジューリング、HARQ による誤り訂正、論理チャネル多重化 (MAC )。
図6.1-1: Downlink Layer 2 Structure (TS 38.300 Figure 6.1-1)
★補足: DLでは、QoS フローがSDAP でDRB にマップされ、PDCP , RLC , MAC を経て物理レイヤに渡されます。MAC は複数のUE へのスケジューリングと多重化を担当します。
図6.1-2: Uplink Layer 2 Structure (TS 38.300 Figure 6.1-2)
★補足: ULでは、UE 側でQoS フローがSDAP でDRB にマップされ、PDCP , RLC を経てMAC に渡されます。MAC はgNB からのスケジューリング指示に従い多重化して物理レイヤに渡します。
Radio Bearerの種類:
DRB (Data Radio Bearer):
ユーザープレーンデータ用。
SRB (Signalling Radio
Bearer): コントロールプレーンデータ (RRC , NAS メッセージ) 用。SRB0 (CCCH用), SRB1 (RRC+NAS用), SRB2 (NAS用, 低優先), SRB3 (特定のRRCメッセージ用) がある。
IAB (Integrated Access and Backhaul) におけるL2: IAB の場合、通常のL2サブレイヤに加え、BAP (Backhaul Adaptation Protocol) サブレイヤが含まれます。BAP はIABトポロジー内でのルーティングと、バックホールRLC チャネルへのトラフィックマッピングを担当します。
図6.1-3: DL L2-structure for user plane at IAB-donor (TS 38.300 Figure 6.1-3)
図6.1-4: DL L2-structure at IAB-node (TS 38.300 Figure 6.1-4)
図6.1-5: UL L2-structure at IAB-node (TS 38.300 Figure 6.1-5)
6.2 MAC サブレイヤ (MAC Sublayer)
6.2.1 サービスと機能 (Services and Functions)
MAC サブレイヤの主なサービスと機能は以下の通りです。
論理チャネルとトランスポートチャネル間のマッピング: 上位レイヤからの論理チャネルを物理レイヤのトランスポートチャネルにマッピングします。
多重化/逆多重化: 複数の論理チャネルからのMAC SDU を1つのトランスポートブロック (TB ) に多重化、またはTB からMAC SDU を逆多重化します。
スケジューリング情報報告: BSR などのスケジューリングに必要な情報を上位レイヤから受け取り、送信します。
HARQ による誤り訂正:
物理レイヤでの伝送誤りをHARQ 再送により訂正します。CA 時はセルごとにHARQ エンティティが存在します。
論理チャネル優先度処理 (LCP ): 1つのUE 内で、論理チャネルの優先度に基づいて送信するデータを決定します。
UE 間優先度処理:
動的スケジューリングにより、複数のUE 間でリソースを割り当てます。
Padding: TB サイズを調整するためにPaddingを追加します。
★補足: 1つのMAC エンティティは複数のNumerology 、送信タイミング、セルをサポートできます。LCP 制限により、特定の論理チャネルが使用できるNumerology /セル/タイミングを制限できます(16.1.2節参照)。
6.2.2 論理チャネル (Logical Channels)
転送する情報の種類によって定義されるチャネルです。
チャネルタイプ
略称
説明
制御チャネル (Control Channels)
BCCH
DL: システム制御情報のブロードキャスト用
PCCH
DL: ページングメッセージ伝送用
CCCH
UL/DL: RRC 接続がないUE との共通制御情報伝送用
DCCH
UL/DL: RRC 接続があるUE との専用制御情報伝送用 (Point-to-point)
トラフィックチャネル (Traffic Channels)
DTCH
UL/DL: 1UE 専用のユーザー情報伝送用
(Point-to-point)
6.2.3 トランスポートチャネルへのマッピング (Mapping to Transport Channels)
論理チャネルとトランスポートチャネルの間のマッピング関係です。
DL:
BCCH -> BCH or DL-SCH
PCCH -> PCH
CCCH -> DL-SCH
DCCH -> DL-SCH
DTCH -> DL-SCH
UL:
CCCH -> UL-SCH
DCCH -> UL-SCH
DTCH -> UL-SCH
6.2.4 HARQ
物理レイヤ (L1 ) のエンティティ間でTB の配信を保証します。空間多重がない場合、1HARQ プロセスは1TB をサポートします。空間多重がある場合、1HARQ プロセスは1つ以上のTB をサポートします。
6.3 RLC サブレイヤ (RLC Sublayer)
6.3.1 転送モード (Transmission Modes)
RLC は3つの転送モードをサポートします。
TM (Transparent Mode):
RLC ヘッダなし。分割/再結合なし。主にBCCH , PCCH , SRB0 で使用。
UM (Unacknowledged
Mode): ARQ なし。シーケンス番号付け、分割/再結合、再組立、SDU 破棄をサポート。主に遅延に敏感で誤り許容度があるサービス(VoIPなど)やマルチキャスト/ブロードキャストで使用。
AM (Acknowledged Mode):
ARQ あり。UMの機能に加え、再送制御、重複検出、再セグメンテーションをサポート。主に信頼性が要求されるTCPベースの通信やSRB1 , SRB2 , SRB3 で使用。
各論理チャネルは、Numerology や送信期間に依存せずに設定されます。AM のARQ はその論理チャネルに設定された任意のNumerology /送信期間で動作可能です。
6.3.2 サービスと機能 (Services and Functions)
転送モードに応じて以下の機能を提供します。
上位レイヤPDU 転送
シーケンス番号付け (UM/AM)
誤り訂正 (ARQ ) (AMのみ)
RLC SDU の分割/再セグメンテーション (UM/AM、再セグメンテーションはAMのみ)
SDU の再組立 (UM/AM)
重複検出 (AMのみ)
RLC SDU 破棄 (UM/AM)
RLC 再確立
プロトコル誤り検出 (AMのみ)
6.3.3 ARQ
AM モードで使用される再送制御です。
RLC Status Reportに基づいてRLC SDU またはセグメントを再送します。
送信側は必要に応じてStatus Reportを要求 (Polling) します。
受信側はRLC SDU /セグメントの欠落を検出した場合にもStatus Reportをトリガーできます。
6.4 PDCP サブレイヤ (PDCP Sublayer)
6.4.1 サービスと機能 (Services and Functions)
PDCP サブレイヤの主なサービスと機能は以下の通りです。
データ転送 (ユーザープレーン/コントロールプレーン)
PDCP シーケンス番号 (SN) の維持
ヘッダ圧縮/伸長: ROHC (Robust Header Compression), EHC (Ethernet Header Compression)
ULデータ圧縮/伸長: UDC (DEFLATEベース)
暗号化 (Ciphering) / 復号 (Deciphering)
インテグリティ保護 (Integrity Protection) / 検証 (Verification)
タイマーベースSDU 破棄
Split bearerに対するルーティング
重複処理 (Duplication): 送信側での複製と受信側での重複削除
順序配信 (Reordering and in-order delivery)
Out-of-order delivery (順序外配信)
★補足: PDCP COUNT のラップアラウンドは許容されないため、ネットワークはそれを防ぐ手段(ベアラ再設定など)を講じる必要があります。
6.5 SDAP サブレイヤ (SDAP Sublayer)
SDAP サブレイヤの主なサービスと機能は以下の通りです。
QoS フローとデータ無線ベアラ (DRB ) 間のマッピング。
DL/ULパケットへのQFI (QoS Flow ID) マーキング。
PDU セッションごとに1つのSDAP エンティティが設定されます。
★補足: XR QoSフロー(PDU Set を含む)がDRB 間で再マッピングされる場合、同じPDU Set に属する全てのSDAP SDU は同じDRB にマッピングされるべきです。
6.6 L2 データフロー (L2 Data Flow)
上位レイヤからのデータがL2の各サブレイヤで処理され、物理レイヤに渡されるまでの流れを示します。
図6.6-1: Data Flow Example (TS 38.300 Figure 6.6-1)
★補足: この図は、異なる無線ベアラ(RB x, RB y)からのRLC PDU がMAC で多重化され、1つのTB として物理レイヤに渡される例を示しています。
6.7 キャリアアグリゲーション (CA : Carrier Aggregation)
CA の場合、L2アーキテクチャはMAC レイヤでキャリアごとの処理を意識します。
各サービングセルに対して独立したHARQ エンティティがMAC に存在します。
空間多重がない場合、割り当て/グラントごとに、サービングセルごとに1つのTB が生成されます。
各TB とそのHARQ 再送は単一のサービングセルにマッピングされます。
図6.7-1: Layer 2 Structure for DL with CA configured (TS 38.300 Figure 6.7-1)
図6.7-2: Layer 2 Structure for UL with CA configured (TS 38.300 Figure 6.7-2)
6.8 デュアルコネクティビティ (DC : Dual Connectivity)
SCG (Secondary Cell Group ) が設定されている場合、UE は2つのMAC エンティティを持ちます:MCG (Master Cell Group ) 用とSCG 用です。DC 動作の詳細はTS 37.340 [21] を参照してください。
★補足: DC では、UE はマスターノードとセカンダリノードの両方に同時に接続し、L2レベルでデータパスが分かれる (Split Bearer)
または別々のベアラが異なるノードに設定されることがあります。
6.9 SUL (Supplementary Uplink)
SUL が設定されている場合、UE は1つのDLに対し2つのUL(通常のULとSUL )を持ちます。ネットワークはPUSCH /PUCCH 送信が時間的に重複しないように制御します。PUSCH の重複はスケジューリングで、PUCCH の重複は設定(どちらか一方のULにのみ設定)で回避されます。初期アクセスは各ULでサポートされます。
6.10 BWP (Bandwidth
Adaptation)
BWP 適応により、UE の送受信帯域幅をセル帯域幅より狭く調整できます。アクティブBWP はRRC 、DCI 、またはタイマーで切り替わります(詳細は7.8節)。
6.11 BAP (Backhaul Adaptation Protocol) サブレイヤ
IAB (Integrated Access and
Backhaul) で使用されるL2サブレイヤです。
6.11.1 サービスと機能 (Services and Functions)
データ転送
ネクストホップへのパケットルーティング
上位レイヤからのパケットに対するBAP 宛先とパスの決定
ネクストホップへルーティングされるパケットに対するEgress BH RLC channel の決定
上位レイヤ配信トラフィックとEgressリンク配信トラフィックの区別
フロー制御フィードバックとポーリングシグナリング
BH RLF (Radio Link Failure) 検出/回復/指示
BAP ヘッダ書き換え
6.11.2 上位レイヤからL2へのトラフィックマッピング (Traffic Mapping from Upper Layers to Layer-2)
UL方向では、IAB-donor-CU がIAB-node に対し、F1トラフィックや非F1トラフィックと、適切なBAP ルーティングID、ネクストホップBAP アドレス、BH RLC channel 間のマッピングを設定します(F1AP経由)。デフォルト設定はRRC で提供されることもあります。
BAP サブレイヤでのルーティングはBAP ルーティングID(BAP アドレス + BAP パスID)に基づいて行われます。IAB-node は受信パケットのBAP アドレスを検査し、宛先に到達したか、またはネクストホップを決定します。特定条件下(異なるIABトポロジー間のルーティングなど)でBAP ヘッダの書き換えが行われます。Egress BH RLC
channel は、Ingress BH RLC channel からのマッピング設定に基づいて決定されます。
6.12 マルチTRPオペレーション (Multiple Transmit/Receive Point Operation)
Multi-TRP オペレーションにより、サービングセルは2つのTRP からUE をスケジュールでき、カバレッジ、信頼性、データレートを向上させます。
動作モード: Single-DCI モードとMulti-DCI モードがあります。
PDCCH :
PDCCH 繰り返し送信またはSFN ベースPDCCH 送信がサポートされます。
PUSCH /PUCCH 繰り返し:
同じ内容を2つのTRP に向けて送信します。
Inter-cell Multi-TRP : 他のセルのPCI を持つTRP からのMulti-DCI PDSCH 送信が可能。TAG も複数設定されることがあります。
STxMP (Simultaneous Transmission with Multi-Panel): Single-DCI で、PUSCH の異なるレイヤを異なるTRP へ、または同じレイヤを両TRP へ送信します。