5. 物理レイヤ (Physical Layer)
この章では、NRの物理レイヤ(レイヤ1)の主要な特徴と機能について概説します。物理レイヤは、上位レイヤ(MACレイヤ)へのトランスポートチャネルサービス提供を担当します。
5.1 波形、Numerology、フレーム構成
(Waveform, numerology and frame structure)
NRの物理レイヤの基本設計要素です。
5.2 ダウンリンク (Downlink)
5.2.1 DL伝送スキーム (Downlink transmission scheme)
- PDSCH (DL-SCH) ではDMRSベースの空間多重がサポートされます。
- SU-MIMOでは最大8レイヤ、MU-MIMOではUEあたり最大4レイヤ。
- DMRSとPDSCHは同じプリコーディング行列を使用。
- 周波数選択的プリコーディングが可能(PRG:
Precoding Resource Block Group 単位)。
- 伝送期間 (Transmission duration) は 2~14シンボル(スロット内)。
- 複数スロットにわたるTB繰り返し送信(Slot aggregation)をサポート。
5.2.2 DL共有チャネル (DL-SCH) の物理レイヤ処理
トランスポートチャネル (DL-SCH)
のデータは以下の物理レイヤ処理を経てPDSCHで送信されます。
- TB CRC (Cyclic Redundancy Check) 付与
- Code Block Segmentation と Code Block CRC付与
- チャネル符号化: LDPC (Low Density Parity
Check) 符号
- 物理レイヤHARQ処理
- レートマッチング
- スクランブル
- 変調: QPSK, 16QAM, 64QAM, 256QAM, 1024QAM
- レイヤマッピング
- リソースマッピングとアンテナポートへのマッピング
PDSCH送信レイヤごとに少なくとも1シンボルのDMRSが存在し、追加DMRS(最大3つ)も設定可能。Phase Tracking RS (PTRS) も送信可能。
5.2.3 DL制御チャネル (PDCCH)
PDCCHはDCI (Downlink Control Information) を伝送し、主に以下の目的で使用されます。
- DL-SCH (PDSCH) のDL割り当て (DL assignment)
- UL-SCH (PUSCH) のULグラント (UL grant)
- その他制御情報:
- Configured Grant PUSCHのアクティベーション/ディアクティベーション
- Semi-Persistent PDSCHのアクティベーション/ディアクティベーション
- スロットフォーマット通知
- プリアンブルインデックス通知(オンデマンドSI用)
- PUCCH/PUSCH/SRSのTPC (Transmit Power Control)
コマンド
- アクティブBWP切り替え
- RA手順開始指示
- DRXオン期間監視指示 (PS-RNTI)
- IAB用ソフトシンボル利用可能性指示
- 1ショットHARQ-ACKコードブックフィードバックトリガー
- 共有スペクトラムアクセス用: Search Space Set Group切り替えトリガー、利用可能RBセット・チャネル占有時間通知
- Configured Grant PUSCH用DLフィードバック情報指示 (CG-DFI)
UEは設定されたCORESET (Control Resource Set) 内のPDCCH候補を監視します。CORESETは時間軸で1~3シンボル、周波数軸で複数PRBで構成されます。PDCCHはCCE (Control Channel Element) の集合で構成され、符号化率はCCE数で調整されます。Polar符号を使用し、自身のDMRSを持ちます。
5.2.4 同期信号とPBCHブロック (SSB: Synchronization Signal/PBCH
block)
SSBはPSS (Primary Synchronization Signal), SSS (Secondary Synchronization
Signal), PBCHで構成されます。
- PSS/SSS: セルサーチと同期に使用。各1シンボル、127サブキャリア占有。
- PBCH: MIBを伝送。3シンボル、240サブキャリア占有 (中央部はSSS用)。自身のDMRSを持つ。Polar符号を使用。
- SSBは特定の時間・周波数位置(SSBバーストセット)で送信され、異なるビームで送信されることがあります。
- キャリア内に複数のSSBを送信可能。
- CD-SSB
(Cell-Defining SSB): RMSI (SIB1) に関連付けられたSSB。PCellは常にCD-SSBを持つ。
- NCD-SSB
(Non-Cell Defining SSB): RMSIに関連付けられていないSSB。アクティブBWPがCD-SSBを含まない場合のRLM/BFD/RRM測定やRAリソース選択に使用可能。
5.2.5 物理レイヤ手順 (Physical layer procedures)
- Link adaptation: AMC (適応変調符号化)。UEはCSI-RSを測定し、チャネル状態をgNBにフィードバック可能。
- Power Control: DL電力制御が可能。
- Cell search: PSS/SSSとPBCH DMRSに基づいて同期とセルID (PCI) を検出。
- HARQ:
非同期型HARQ。ACK/NACKフィードバックタイミングはDCIまたはRRCで設定。SPS PDSCH(PDCCHなし)のHARQ-ACKは遅延可能。Code Block Groupベースの再送をサポート。
- SIB1 受信:
MIB内の情報に基づき、SIB1を運ぶPDSCHのためのPDCCHを監視。
5.2.6 DL測位用RSと測定 (Downlink Reference Signals and
Measurements for Positioning)
DL PRS (Positioning Reference
Signals) は、DL-TDOA, DL-AoD, multi-RTTなどの測位方式をサポートするために定義されています。UEは以下の測定を行います (TS 38.305 [42]参照)。
- DL RSTD (Reference Signal
Time Difference)
- DL PRS-RSRP / DL PRS-RSRPP
- UE Rx-Tx time difference
DL PRSはキャリア位相測位 (DL-RSCP, DL-RSCPD)
もサポート。SSBとCSI-RSもE-CIDタイプの測位のためのRRM測定に使用できます。
5.3 アップリンク (Uplink)
5.3.1 UL伝送スキーム (Uplink transmission scheme)
PUSCH (UL-SCH) では、コードブックベース伝送と非コードブックベース伝送の2種類がサポートされます。
- コードブックベース伝送: gNBがDCI内で送信プリコーディング行列指示を提供し、UEはその指示に基づいてコードブックからPUSCH送信プリコーダを選択します。
- 非コードブックベース伝送: UEはDCI内の広帯域SRI (Sounding Reference signal Resource Indicator)
フィールドに基づいてPUSCHプリコーダを決定します。
- DMRSベースの空間多重がサポートされます。最大8レイヤ(UEあたり最大4または8レイヤ)がサポートされます。
- DFT-s-OFDM使用時は1レイヤのみサポートされます。
- 伝送期間は1~14シンボル(スロット内)。
- 複数スロットにわたるTB繰り返し送信(Slot aggregation)をサポート。
- 周波数ホッピング: スロット内ホッピングと、スロットアグリゲーション時のスロット間ホッピングの両方をサポート(PRBインターレースUL波形使用時を除く)。
- PUSCHはPDCCH上のDCIでスケジュールされるか、RRCで半静的に設定されるConfigured Grant (CG) で割り当てられます。
5.3.2 UL共有チャネル (UL-SCH) の物理レイヤ処理
トランスポートチャネル (UL-SCH) のデータは以下の物理レイヤ処理を経てPUSCHで送信されます。
- TB CRC付与
- Code Block Segmentation と Code Block CRC付与
- チャネル符号化: LDPC符号
- 物理レイヤHARQ処理
- レートマッチング
- スクランブル
- 変調: $\pi/2$ BPSK (DFT-s-OFDM時のみ), QPSK, 16QAM, 64QAM, 256QAM
- レイヤマッピング、DFT拡散 (Transform
precoding,
設定により有効/無効)、プリコーディング
- リソースマッピングとアンテナポートへのマッピング
PUSCH送信レイヤごとに、各周波数ホップで少なくとも1シンボルのDMRSが送信され、追加DMRS(最大3つ)も設定可能。Phase Tracking RS (PTRS) も送信可能。
共有スペクトラムアクセスでのConfigured Grant (CG) 操作時、CG-UCI (Configured Grant Uplink Control Information) をPUSCHで送信可能 (10.3節参照)。
5.3.3 UL制御チャネル (PUCCH)
PUCCHはUEからgNBへUCI (Uplink Control Information) を伝送します。5つのフォーマットがあります。
| フォーマット |
期間 |
UCIペイロード |
主な特徴 |
多重化能力 |
| Format 0 |
Short (1-2 シンボル) |
Small (最大2ビット) |
シーケンス選択ベース |
最大6UE (1ビット時) / PRB |
| Format 1 |
Long (4-14 シンボル) |
Small (最大2ビット) |
周波数ホッピング可 |
最大84UE / PRB |
| Format 2 |
Short (1-2 シンボル) |
Large (>2ビット) |
UCIとDMRSを周波数多重 |
なし |
| Format 3 |
Long (4-14 シンボル) |
Large (>2ビット) |
ブロック拡散、周波数ホッピング可 |
なし (拡張で最大4UE/PRBインタレース in FR1 Shared Spectrum) |
| Format 4 |
Long (4-14 シンボル) |
Moderate |
周波数ホッピング可 |
最大4UE / PRB |
- Short PUCCH (Format 0, 2)
はシーケンス選択または周波数多重を使用。Long PUCCH
(Format 1, 3, 4) はUCIとDMRSを時間多重。
- Long PUCCHとShort PUCCH(2シンボル)は周波数ホッピングをサポート。
- Short/Long PUCCHは複数スロット/サブスロットでの繰り返し送信が可能。
- 共有スペクトラムFR1運用時、Format 0, 1, 2, 3
はPRBインターレースを使用可能。Format 2, 3 は多重化能力が拡張される。
- FR2-2運用時、Format 0, 1, 4 は連続PRB(最大16)を使用可能。
- 最大2つのPUCCH設定(低優先度/高優先度)が可能。UCI多重化は同一優先度内、または特定条件で優先度間でも可能。
- PUCCHとPUSCHの同時送信は、異なる優先度を持つ場合や、同一優先度を持つ場合(異なるバンド)にサポートされる。
- UCIはCSI, ACK/NACK, SRを含む。
- Format 3, 4 はDFT拡散を使用。
5.3.4 ランダムアクセス (RA)
ランダムアクセス手順は、UEがネットワークとの初期同期や接続確立/再確立を行うために使用されます。
- プリアンブルシーケンス: 4種類の長さ(839, 139, 571, 1151)をサポート。長さはSCSに依存。FR1/FR2-1/FR2-2、Licensed/Shared Spectrumでサポートされる長さが異なる。
- PRACHフォーマット:
複数のPRACH OFDMシンボル数、CP長、ガードタイムを持つフォーマットが定義され、システム情報で設定される。
- IAB用RA設定: IAB-MT用に、通常のRACH設定を周期スケーリングや時間オフセットで拡張した設定が可能。IAB-MTとUEで異なるRACH設定が可能。
- PRACH送信電力:
パスロス推定とパワーランピングカウンタに基づいて計算される。
- SSB-PRACHリソース関連付け:
システム情報で提供される。
5.3.5 物理レイヤ手順 (Physical layer procedures)
- Link adaptation: 送信帯域幅、送信期間、送信電力、変調符号化レートの適応が可能。SRS (Sounding Reference Signal) を送信し、gNBがULチャネル状態推定に使用可能。
- Uplink Power control: gNBが目標UL送信電力を決定し、TPCコマンドをUEに提供。UEはコマンドに基づき送信電力を調整。
- Uplink timing control: gNBが目標TA設定を決定しUE/IAB-MTに提供。UE/IAB-MTは受信DLタイミングに対してULタイミングを調整。IAB-nodeは追加のタイミング調整モードをサポート可能。
- HARQ:
非同期型HARQ。gNBが各UL送信/再送信をULグラント(DCI)でスケジュール。共有スペクトラムアクセスではConfigured
Grantでの再送も可能(設定時)。Code
Block Groupベースの送信をサポート。
- Overlapping transmission prioritization: PUSCHとPUCCHは優先度(高/低)を持つことができる。PUCCH送信がPUSCHまたは他のPUCCHと時間的に重複する場合、高優先度の送信のみが行われる。
5.3.6 UL測位用RSと測定 (Uplink Reference Signals and
Measurements for Positioning)
SRSの周期的、半永続的、非周期的送信が、以下のgNB測定のために定義されています (TS 38.305
[42]参照)。
- UL RTOA (Relative Time of
Arrival)
- SRS-RSRP / SRS-RSRPP
- UL-AoA (Angle of Arrival)
- gNB Rx-Tx time difference
これらはUL-TDOA, UL-AoA, multi-RTT測位方式をサポートします。キャリア位相測位
(UL-RSCP) も可能です。
5.4 キャリアアグリゲーション (CA: Carrier aggregation)
CAでは2つ以上のコンポーネントキャリア(CC)が集約されます。UEは能力に応じて同時に複数CCで送受信可能です。
- TAG (Timing Advance
Group):
同じTAを持つサービングセルのグループ。
- 単一TA能力UE: 1つのTAG内の複数CCで送受信可能。
- 複数TA能力UE: 異なるTAを持つ複数TAG内の複数CCで送受信可能。各TAGは少なくとも1つのサービングセルを含む。
- 非CAUE: 1つのCCで送受信 (1TAG内の1サービングセル)。
- 隣接/非隣接CCの両方をサポート。
- フレームタイミングとSFNは集約可能なセル間で同期しているか、SpCellとSCell間のスロットオフセットが設定されます。
5.4.2 SUL (Supplementary Uplink)
SULキャリアは、UL/DLペアキャリア(FDD)または双方向キャリア(TDD)と組み合わせて設定できます。UEは、SULキャリアか元のキャリアのULのどちらかで送信するようスケジュールされますが、同時に両方では送信しません。
5.4.3 UL Tx スイッチング (Uplink Tx switching)
CAまたはSUL設定時、UL
Txスイッチングが設定されたUEは、送信チェーンを動的に1つまたは2つのULバンドから別の1つまたは2つのULバンドへ切り替え、最大2TxのUL送信を可能にします。
5.5 トランスポートチャネル (Transport Channels)
物理レイヤが上位レイヤ(MAC)に提供する情報転送サービスです。
| チャネルタイプ |
方向 |
主な特徴 |
| BCH (Broadcast Channel) |
DL |
- 固定フォーマット - セル全体への報知 |
| DL-SCH (Downlink Shared
Channel)
|
DL |
- HARQサポート -
動的リンクアダプテーション - ビームフォーミング可能 - 動的/半静的リソース割り当て - DRXサポート |
| PCH (Paging Channel) |
DL |
- DRXサポート -
セル全体への報知 -
トラフィック/他制御チャネルと動的リソース共有 |
| UL-SCH (Uplink Shared Channel)
|
UL |
- ビームフォーミング可能 - 動的リンクアダプテーション - HARQサポート - 動的/半静的リソース割り当て |
| RACH (Random Access Channel)
|
UL |
- 限定的制御情報 - 衝突リスクあり |
| SL-BCH (Sidelink Broadcast Channel) |
Sidelink |
- 事前定義フォーマット |
| SL-SCH (Sidelink Shared Channel) |
Sidelink |
- ユニキャスト/グループキャスト/ブロードキャスト - UE自律選択 / NG-RANスケジュール - HARQサポート -
動的リンクアダプテーション - SL DRXサポート
|
5.6 共有スペクトラムへのアクセス (Access to Shared Spectrum)
共有スペクトラムでのNR運用では、gNB/UEはLBT (Listen-Before-Talk) を実行して送信前にチャネルが空いているか確認します。
- LBT失敗: UEが一貫したUL LBT失敗を検出した場合、特定の対策(RLF宣言、他BWPへの切り替えなど)をとります (TS 38.321 [6]参照)。
- Channel Access Priority Classes (CAPC): 無線ベアラやMAC CEに優先度クラスが設定され、LBTパラメータ(待機時間など)が決定されます。QoSフローの5QIに基づいてDRBのCAPCが決定されます。
5.7 Sidelink
SidelinkはUE間直接通信を可能にします。
- リソース割り当てモード: Mode 1 (ネットワークスケジュール) と Mode 2 (UE自律選択) があります。
- 物理チャネルと信号: PSCCH (制御情報), PSSCH (データ), PSFCH (HARQフィードバック), PSBCH (同期/報知), S-PSS/S-SSS (同期信号), SL PRS (測位用)。
- 物理レイヤ手順: HARQフィードバック、電力制御、CSIレポート。
- 測位用測定: PSBCH
RSRP, PSSCH RSRP, PSCCH RSRP, SL RSSI, SL CR, SL CBR。